大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)993号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 福田義一 外四名

弁護人 中川久義 外二名

検察官 木村喜和

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は検察官作成提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は被告人等の弁護人出射義夫、中川久義、伊藤貞利共同作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用して次のとおり判断する。

所論は要するに、公職選挙法第一三六条の二第一項、第二三九条の二第二項(公務員等の地位利用による選挙運動の禁止)の適用ある事案については、同法第一二九条、第二三九条第一号(いわゆる事前運動禁止)の適用はないとする原審の判断は、法律の解釈を誤つたものであり、かつ右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというにあるので審案するに、公職選挙法第一二九条の規定は、常時選挙運動を行うことに伴う弊害を防止し、選挙の公正を期するため、選挙運動の時期を制限したものであるから、同条にいわゆる選挙運動を解して、選挙運動期間中は適法に為すことのできる選挙運動行為のみに限るいわれはなく、それ自体違法な選挙運動(例えば買収罪、戸別訪問罪の如き)をも含むと解するのが相当であるところ、同法第一三六条の二第一項の規定は、一定の地位に在る公務員等の地位利用による選挙運動を禁止し、もつて選挙の公正を保持しようとするものであつて、この規定に該当する行為は違法な行為ではあるが選挙運動であることは云うまでもないのであるから、被告人等の所為は右各法条に該当し、結局一個の行為であつて数個の罪名に触れる場合に該たるものと解すべきである。然るにこの両者をいわゆる法条競合と解し、同法第一三六条の適用ある場合には、同法第一二九条の適用の余地はないとした原判決は法律の解釈を誤つたものといわなければならない。この理は右公務員等の地位利用選挙運動禁止規定がいわゆる事前運動の特別加重規定から、昭和三七年五月の法改正により、事前運動と否とを問わない一般禁止規定になつたという立法の経過によつても少しも変らない。よつてこの点における検察官の論旨は理由がある。

然しながら右の如く、被告人の行為は一面において事前運動禁止の規定に、他面において公務員等の地位利用選挙運動禁止の規定にそれぞれ該当するが、右は一個の行為であつて二個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条前段第一〇条により、結局原審と同じく、重い公職選挙法第一三六条の二第一項、第二三九条の二第二項、罰金等臨時措置法第二条により処罰することになるのであつて、しかも原審は右第一三六条の二中には当然第一二九条の罪も含まれるものとして、右第一三六条の二第一項、第二三九条の二第二項所定刑の範囲内で被告人等を処罰しているのであるから、右法律の解釈の誤りは判決に影響を及ぼさないものと解せられるので、この点の論旨は理由がない。

結局本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によつてこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石井文治 判事 山田鷹之助 判事 渡辺達夫)

原審検察官の控訴趣意

原判決には法令の適用に誤りがあつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄を免れないものと思料する。

すなわち、原判決は、罪となるべき事実として本件各公訴事実と略ぼ同旨の事実-日本専売公社東京地方局管内の出張所長或は支局長の地位にあつた被告人等が、いずれも、同公社の元総務理事小林章が昭和四〇年七月四日施行の参議院議員通常選挙に全国区から立候補する意思を有することを知り、同人の立候補届出前に、その地位を利用して選挙運動をなした事実-を認定しながら、右地位利用の罪に対する罰条として公職選挙法第二百三十九条の二第二項、第百三十六条の二第一項を適用(なお被告人平山の地位利用による饗応事実については、さらに同法第二百二十一条第一項第一号を適用)したのみで、右の全事実につき事前運動禁止に関する同法第二百三十九条第一号、第百二十九条はこれを適用せず、その理由として「公務員等地位利用による選挙運動は、選挙運動期間中であると事前たるとを問わず禁止されており、その法定刑も一般の事前運動に対する法定刑よりも加重せられていることなどに照らすと、本件について、一般の事前運動に対する罰則を適用する余地はないと解せられる」と説示している(記録一一六丁裏乃至一二〇丁、一二四丁裏乃至一二六丁)。

右説示のとおり、公務員等の地位利用による選挙運動はその行為時の如何に拘らず処罰の対象とされていること、またその法定刑は二年以下の禁錮又は三万円以下の罰金であつて事前運動に対するそれに比しその長期或は多額が二倍となつていることは、いずれも公職選挙法上明白である。

しかしながら、本件の各選挙運動は、原判決も認定しているように、いずれも公職選挙法第百二十九条所定の運動期間前になされたものである以上、前記説示の理由をもつて事前運動罪の成立が否定されるいわれはなく、地位利用或は饗応接待のみならず事前運動の違反にも該当することはあきらかであり、両者はいわゆる一所為数法の関係にあると解すべきであつて、本件につき事前運動罪は成立しないとしてその罰条を適用しなかつた原判決は、この点において法律の解釈適用を誤つたものであり、破棄を免れないものと言わざるを得ない。以下にその理由を述べる。

一、事前運動の禁止規定は、法定期間中であれば適法になし得る行為のみに限らず、法定の期間内たると否とにかかわりなくそれ自体違法とされる買収・地位利用等の行為についても適用があると解するのが相当である。公職選挙法(以下単に法と略記する)第百二十九条は、選挙運動の期間に関する規定であつて、これに違反してなされた選挙運動については事前連動として処罰の対象となる(法第二百三十九条)。このように、法が選挙運動の時期を制限したのは、常時選挙運動が行なわれることの弊害を防止し選挙の公正を期するためであり、法定の運動期間前において選挙運動が行なわれることによる選挙運動費用等の増加を防ぐと共に、時期を特定して、各候補者に平等に選挙運動をさせる等して、選挙の適正な執行を企図したものにほかならない。

ところで、原判決が本件につき事前運動罪の罰条を適用しなかつた主な理由は、前記説示の趣旨から推察すれば、法第百二十九条は、買収犯のごとく時期の如何を問わずそれ自体違法な行為までも規制の対象としたのではなく、法定期間内であれば適法になし得る行為についてただその時期を制限したにすぎないとの見解に基づくもののようである。なるほど買収犯のようにそれ自体違法な行為は、法第百二十九条の規定をまつまでもなく法定の選挙運動期間の前後を通じて禁止され処罰もなされる訳であるから、本来違法な行為について事前運動罪の成立を認める実益はないようにも考えられる。

しかしながら、法定の選挙運動期間前に買収等が行なわれたならば、それはその実質において選挙の公正等を侵害すると共に、その形式においても前述した選挙運動の期間を特定して選挙の適正な執行を図るという見地からも違法とされるのであるから、買収犯等の処罰の規定に触れると同時に法第百二十九条にも違反すると解するのが相当である。従つて本件の各選挙運動については地位利用或は饗応接待の罪が成立するとともに事前運動罪も成立するものといわなければならない。そして、この両者は、一個の行為で数個の罪名に触れるいわゆる観念的競合の関係にあると解される。

判例も、このような見解を採つている。すなわち、事前運動の禁止規定は、選挙運動期間中は適法になすことができる選挙運動行為のみに限定されるいわれはなく、右期間中であると否とに拘らずそれ自体違法な選挙運動行為にも適用があるとするのが、大審院以来判例の確立した解釈であり(昭和一一年五月二日及び同一二年一一月一二日の大審院判決、同三〇年七月二二日、同三五年四月二八日、同三六年一一月二一日の各最高裁判決等)、またかかる違法な選挙運動を法定の期間前に行なえば、これらの違反の罪のほか事前運動禁止違反の罪も成立し、両罪は観念的競合の関係に立つとするのが判例の一貫した見解でもある(事前運動と買収につき昭和三年五月一四日大審院判決、昭和二九年九月三〇日最高裁判決等、事前運動と戸別訪問につき昭和三年一月二四日大審院判決等、事前運動と買収、戸別訪問につき昭和三六年五月二六日最高裁判決等)。

従つて、原判決が本件各選挙運動につき事前運動罪成立を否定してその罰条を適用しなかつた点は右の各判例の趣旨にも背反しており、違法であることはあきらかである(なお本件のようないわゆる事前の地位利用事犯につき、事前運動罪の成否について特に判断を示した判例は見当らないが、かかる事犯につき事前運動罪の成立を否定してその罰条を適用しなかつた判決も見当らない)。

二、法第百三十六条の二の規定、特に同条と改正前の法第二百三十九条の二と差異からみても、本件地位利用罪については事前運動罪も成立すると解せられる。

公務員等の地位利用による選挙運動の禁止に関する法第百三十六条の二の規定は、昭和三七年五月の法改正により新設された規定があつて、同条第一項にいわゆる選挙運動はその時期を問わないものであることは前述したとおりである。

ところで、右の改正前においては、公務員等の地位利用罪(旧法第二百三十九条の二)は事前運動のみが処罰の対象とされ、公務員等がその地位を利用して法第百二十九条の規定に違反して選挙運動をすることを禁止しこれに違反した者を処罰するにとどまつていた。すなわち、改正前の法第二百三十九条の二の規定は、事前運動の特別規定であつて、公務員等の地位利用による選挙運動を一般の事前運動の加重類型としているにすぎなかつた訳である。従つて、右の改正前においては、公務員等の地位利用による選挙運動については、一般の事前運動の罰条を適用すべきでなかつたことは言うまでもない。

しかしながら、法第百三十六条の二は、その第一項において旧法第二百三十九条の二とは異つて前記のように地位利用の選挙運動は事前事後を通じて広くこれを禁止し、第二項では新たに地位利用による選挙運動準備行為等をも禁止していること等からみて、法改正によつて設けられた公務員地位利用罪という特別な罰則であると認められる。すなわち、右規定が設けられたことにより地位利用罪は、従前とは異り、事前運動とは全く別個の犯罪となつたのである。従つて同条に触れる行為が法定の選挙運動期間前になされた場合には、同時に事前運動罪も成立するものと解すべきであり、また両罪は観念的競合の関係にあるものである。

この観点からすれば原判決が本件地位利用事犯につき事前運動罪の成立を否定してその罰条を適用しなかつたのは、法第百三十六条の二についてもその解釈適用を誤つたものと言わざるを得ない。

三、原判決の如き見解は、時期の如何を問わず違法とされる選挙違反については、それがいわゆる事前になされた場合には、すべて事前運動罪の成立を否定するものであつて、公職選挙法全体の解釈適用上からみても到底容認し難い。

右のような本来それ自体が違法とされる選挙運動(例えば買収犯)であつても、それが法定の選挙運動期間前になされたときには、事前運動禁止違反ともなるのであつて、判例も大審院以来一貫して右の立場を採つていること及び事前運動を禁止している所以は、常時選挙運動が行なわれることの各種弊害を防ぎ選挙の公正を期するためであることは既に述べたとおりである。

原判決のような見解は、法が事前運動を禁止した趣旨を没却するものであり、地位利用罪・饗応接待罪についてのみならず、他の罰則の解釈適用ひいては公職選挙法全体の解釈適用にも影響を及ぼし、結局前記判例にも違背する結果を招くに至り、到底容認することができない。

以上述べたところにより明らかなように、法定の選挙運動期間前になされた本件の地位利用及び地位利用による饗応接待事犯については事前運動罪も成立するのであるから、法第二百三十九条の二第二項、第百三十六条の二第一項、第二百二十一条第一項第一号等を適用するのみでなく、法第二百三十九条第一号、第百二十九条をも適用したうえ、これらの地位利用或は饗応接待の罪と事前運動罪を一所為数法とすべきであつたに拘らず、原審が本件につき事前運動罪の成立は否定されると解し、右の罰条を適用しなかつたのは、明らかに法第百二十九条、第三百十六条の二等の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明白である。

よつて原判決を破棄したうえ、さらに相当の裁判を求めるため本件控訴の申立てに及んだ次第である。

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